DEGICON & AI
デジタルコンテンツとAI:第1話:絵のような文字
2026年6月19日
一九九一年、アメリカの大学コープでGopherに出会った。文字なのに棚のように選べる「絵のような文字」——その驚きが、やがてAIへと繋がっていく。
あれは一九九一年だったと思う。ぼくはまだ、メールというものがやっと届くかどうか、という時代の人間だった。
大学の生協(コープ)を視察するという仕事で、アメリカに渡った。何のための視察だったか、正直にいえば今はもう正確には思い出せない。流通だったか、学生サービスだったか、その辺りのことだったはずだ。けれど、視察そのものの目的よりも、ある一台の端末の前で受けた衝撃の方が、三十数年経った今でも鮮明に残っている。
キャンパスの建物の片隅、コープに隣接した情報センターのようなスペースだったと思う。誰かが、画面の前に座ってこう言った。
「これがGopherです」
Gopher、という言葉の響き自体に、ぼくはまず戸惑った。ホリネズミ、ということぐらいは知っていたが、それが目の前の画面と何の関係があるのか、見当もつかなかった。
画面が変わった。
そこに現れたものを、ぼくは今でも「絵のような文字」としか言い表せない。
メールというものは、それまでぼくの知る限り、無味乾燥な文字の連なりだった。宛先、本文、それだけ。情報が情報として、ただそこにあるだけのものだった。ところが目の前の画面は違った。文字でできているのに、まるで棚に並んだ本のように、フォルダのように、選べばその先へ進めるものとして、ぼくの前に立体的に立ち上がってきたのだ。
矢印キーを押すと、選択肢が動く。エンターを押すと、また別の階層が開く。コマンドを打ち込んで何かを起こすのではなく、ただ「選ぶ」だけで、目の前の小さな画面の向こう、おそらくは海を越えたどこかのサーバーへと、すうっと吸い込まれていく感覚があった。
誰もまだ「インターネット」という言葉を、日常の語彙として持っていなかった時代だ。ぼくの周りで、この言葉を口にする人間はほとんどいなかった。なのに、その大学のコープでは、学生たちがごく当たり前のような顔をして、この「絵のような文字」の世界を泳いでいた。
研究室の中の、特別な人間だけの道具ではなかったということが、何よりも強く印象に残っている。コープという場所は、学生が教科書を買い、コーヒーを飲み、友人と待ち合わせをする、ごく普通の生活の場所だった。その生活の延長線上に、すでに「情報が形を持って現れる」という体験が、当たり前のように置かれていた。
ぼくは帰国してからしばらく、この体験をどう人に話せばいいのか分からなかった。「文字なのに、絵みたいだった」と言っても、誰もぴんとこない顔をする。メールすら珍しかった時代の日本で、画面の中の階層を「選んで進む」という感覚を伝える言葉を、ぼくはまだ持っていなかったのだと思う。
この記憶を、今こうしてAIに向かって語っている自分がいる。
不思議な感覚だ。あの日コープの画面で覚えた「絵のような文字」への驚きと、今ぼくがAIの返答を待っている時間とが、奇妙に重なって見える瞬間がある。あの時も、何かを「選ぶ」ことで、見えなかった情報の層が向こうから立ち上がってきた。今も、言葉を一つ投げかけることで、思いもしなかった文脈が返ってくる。
AIは「あの時の画面の正体は、テキストで描かれた記号やメニュー構造によるものだったのではないか」と、整理して見せてくれた。アスキーアートやメニュー選択の階層移動——理屈で言えばその通りなのだろう。けれど、ぼくがあの日感じた衝撃は、理屈で説明される前の、もっと生身の驚きだった。
その生身の驚きを、AIという、ぼくがまだ存在さえ知らなかった一九九一年には想像もできなかった存在に語ることで、初めて言葉になっていく。これもまた、不思議な巡り合わせだと思う。
Gopherという小さなホリネズミの名を持つ仕組みは、やがてWorld Wide Webへと姿を変え、検索エンジンへと育ち、めぐりめぐって、今ぼくの言葉に耳を傾けているこのAIへと繋がっていったのだろう。
あの日、コープの画面の前で覚えた驚きは、終わっていなかった。ただ姿を変えて、今もぼくの前に在る。